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26年前に「カンボジア旅行」を思い立ち、準備に奔走した話(髙橋珠州彦)

  • 2023年09月01日

前回のコラムでは、2009年に青年海外協力隊員としてカンボジアに赴任したことを書きましたが、実は私とカンボジアの最初の接点は、それよりもさらに12年さかのぼる1997年の春のことでした。そのころの私は、「無知だけど好奇心の塊」の大学生でした。ことの発端は1996年のまだ暑かった時期のことでした。ある日友人ら数人とコーヒーを飲んでいたとき、そのなかの一人がぽつりと「アンコールワットを見に行きたい!」と言いだしたことから全ては始まりました。私は深く考えもせず、「あ!いいね~。行こう行こう!」と即答したことを覚えています。「今度、温泉に行こう!」くらいの軽さで、カンボジア旅行を即決してしまったのです。

1997年頃のカンボジアといえば、日本ではまだまだ観光で気軽に出かけられる国とは理解されていませんでした。なにしろ、日本語のガイドブックさえも売られていない状況でした。今のようにインターネットで簡単に情報を得られるわけでもなく、ガイドブックさえも市販されていない中で、無謀な旅行計画が始動したのです。

カンボジア現代史を振り返ってみても、1970年のクーデターに端を発してカンボジア王国が崩壊した後、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)が1991年に設置されるまで約20年もの間、この国は激し内戦が続いていました。UNTACの暫定統治は1993年に新政府が成立するまで続きました。新政府発足からわずか4年、1997年春のカンボジアは内戦の爪痕どころか、まだまだ新生国家として歩み始めたばかりの時期だったのです。

カンボジアの歴史や政治などのお話は別の機会に譲るとして、そんな状況の国に、気軽な気持ちで出かけることにした私たちはただただ無知で無謀だったのかもしれません。旅行準備は、そこからが大変でした。カンボジア大使館でのビザ申請から発給までは、途方もなく長い期間を要したと記憶しています。

そして衝撃的だったのは、航空券の手配です。スマホ一つあれば、いつでも格安航空券の価格比較ができてしまう時代からは想像もつきませんが、私たちはまず新宿にいくつかあった「格安航空券専門」の旅行会社を直接訪ね歩くことにしました。行く先々で「カンボジアに行くチケットを探しています」と言い、いくつかの旅行会社では門前払いされながら。。。

旅行会社では、世界の各方面ごとに受付カウンターを設けていたので、当たり前のことですが、私たちは「アジア方面」と表示されたカウンターを訪ねて歩いていました。ところが、ある旅行会社の「アジア方面」担当の方は、こんな私たちにさわやかな笑顔で「カンボジアならあっち!」と別のカウンターに行くように教えてくれました。指差されたカウンターに目を向けると、そこには「秘境」という表示が下がっていました!「秘境」コーナーで扱っている旅行先は、ヒマラヤ登山やアフリカの奥地探検、アマゾンの密林探検などなど、正真正銘の「秘境」ばかり。なんと、カンボジアもそのカテゴリーに分類されていたのです。

カンボジアは「アジア」ではないのか??自分たちは秘境に行こうとしているのか??探検するのか???などなど、自問自答と少々の動揺を抑えながら、どうにかチケットを購入できた私たちは、この日「どうやら自分たちは“秘境”に出かけるらしい。それなりに準備をしよう」と誓いあいました。

このころの私は沢木耕太郎『深夜特急』*を読破していたうえに、テレビ番組では某お笑い芸人コンビがヒッチハイクで香港からロンドンまで旅をする企画が大人気であったこともあり、ワクワクが止まらない不思議な感覚を味わっていました。

旅行準備といっても、荷物はバックパックひとつなので買い集めるものはありません。航空券の次は、「病気対策」の準備に取り掛かりました。何を対策してよいのかよくわからないまま、近所の内科医院に行き、「カンボジア旅行に行くので、薬を出してほしい」と相談しました。受付では「カンボジア?どこですか?アフリカですか?薬が欲しいってどういうこと?」などなど、質問攻めに会い、医師には問診の代わりに「なんでそんなところに行くの?」「行く必要あるの?」などと問い詰められるばかりでした。結局、その内科医院では何かのワクチンを注射してもらい、何種類もの薬を処方してもらうことになりました。「これは熱が出たときの薬」「これは腹を下したときに飲め!」「これは食欲がない時に!」「これは何か虫に刺されたときに飲む!」…など、ひとつひとつ説明してくれていたのですが、最後にその医師は「もう具合が悪くなって何が何だかわからなくなったら、とにかく全部一緒に飲んでいいから!」「無理しないで帰ってこい!」と投げやりに説明を締めくくってくれました。ありがたいやら、恐ろしいやら。こんな調子でドキドキ・ワクワクしながら準備を進め、カンボジア旅行の出発にこぎつけたのでした。

字数が増えてしまったので、カンボジアでの顛末はまたの機会に回すことにします。

「旅行と原稿は計画的に!!」

*沢木耕太郎『深夜特急』全6巻、新潮文庫
第1巻「香港・マカオ」、第2巻「マレー半島・シンガポール」、第3巻「インド・ネパール」、第4巻「シルクロード」、第5巻「トルコ・ギリシャ・地中海」、第6巻「南ヨーロッパ・ロンドン」

カンボジア首都プノンペンの中心街(1997年)
上空から見たカンボジアの農村(1997年)