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釜山のおばちゃんと美しくない政治家(林雄介)

  • 2024年02月02日

 2018年の10月、韓国の大法院(最高裁)が、日本がかつて朝鮮を植民地支配していた時期に徴用されて、自らの意志に反して強制的に労働させられたとして、元徴用工(日本政府はこの言葉を嫌って「朝鮮半島出身労働者」という名称を使っていました)が日本企業に損害賠償を求めていた裁判で、原告の訴えを認める判決を出しました。これに対して日本政府は「この問題は1965年の日韓請求権協定で解決済み」との主張を繰り返し、猛反発しました。どちらの言い分が正しいかはここでは深入りしませんが、「した側」が「された側」に対して、「それはもう、済んだ話だろ。グダグダ言うな!」と声高に叫ぶのはあまり美しくありませんね。さらに問題なのはその後の安倍内閣の対応です。日本政府は貿易管理上の優遇措置を受けられる「ホワイト国」のリストから韓国を除外し、韓国産業の生命線とも言える半導体生産に欠かせない物質(かなりの部分を日本からの輸入に頼っていました)の輸出に大きな制限をかけました。「どう見たって大法院判決に対する報復だよな」と世界中が思うなか、日本政府だけは「軍事転用も可能なこれらの物質を韓国が不正に再輸出している可能性が排除できないから」と言い張りました。政治的問題の解決のために経済的な圧力を加えるとWTO(世界貿易機関)に怒られてしまうからです。誰からも納得してもらえないような言い訳を続ける姿も実に美しくありません。安倍氏の好んだ言葉に「美しい国、日本」というのがあったはずなのですが... こうした日本の対応は韓国社会の怒りを買い、日本製品不買運動がおこってコンビニからも日本の缶ビールが消えました。
 前置きが長くなりましたが、そんな時期に釜山で学会があって、海鮮を「売り」にした飲み屋が並ぶ一角でその打ち上げがありました。タバコを吸いに表に出ると、隣の店のおばちゃんが「日本人ですか?」と私に声をかけてきました。彼女は、「前は日本人観光客で一杯だったのに今はさっぱりだ。政治のせいで痛い目を見るのはいつも私達庶民だ」と憤っていました。まったくおっしゃる通りなのでうなずきながら聞いていると、「こんな時期に韓国に来てくれるあんたは良い人だ。ちょっと待ってて」と言って自分の店に戻り、「私の気持ちだから食べてって」と料理を一品くれました(確認ですが、私は隣の店の客です!)。そして、「早く騒ぎが収まるのを待つしかないわね」といって去って行きました。
 時は流れて韓国の政権がかわり、日韓関係は改善の方向に向かいましたが、日本の政治家の美しくない言動はなおも続きました。昨年はたまたま関東大震震災から百年目だったので、震災時の朝鮮人虐殺問題もクローズアップされましたが、当時の松野官房長官(裏金作りで事実上更迭されました)は、「政府として確認できる史料はない」と繰り返し、虐殺自体を認めようとしませんでした。公文書も相当残っていて、研究もたくさんあるのにです。子供から、「ねえねえ、あのおじさん、どうしてあるものを無い無いって言うの?」と聞かれて何と答えるんでしょうね。子供に聞かれて答えられないような政治をやってはいけませんね。なお、松野氏の会見は韓国のテレビニュースで何度も流され、ただでさえ良くない日本のイメージをさらに悪化させるのに大きく「貢献」しました。また、今年に入って、群馬県の県立公園に設置されていた朝鮮人追悼碑が右翼団体の要望をうけて撤去されることになりました。理由は、「十年前に『強制連行の事実を訴えたい』という政治的発言の場に使われたから」だそうです。ちなみに群馬県の山本一太知事は安部氏の側近として知られた人物です。こういう政治家たちは「日本の過去の過ちは認めたくない」「韓国なんかにナメられてたまるか」と思っているのでしょう。あるいは、そういうことを言うと喜んでくれる「残念」な有権者の皆様にアピールする必要があるのかもしれません。でも、思ってしまうんです。こういう人々と、あの釜山のおばちゃんと、どちらが人としてまっとうに生きていると言えるだろうかと。私の中では答えは明快ですが、皆さんはいかがですか?

釜山の夜景。現在の釜山はかつての港町のイメージともに、このような最先端都市の顔も合わせ持っています。