
2024年12月3日、韓国の尹錫烈(日本ではユン・ソンニョルと表記されますが、ユン・ソギョルという音もあり、韓国では両方使われます)大統領(当時)が「非常戒厳」を宣布しました。国会で野党に多数を握られて政権運営に四苦八苦していた大統領による事実上のクーデターとも言われたこの非常戒厳ですが、国会にはその効力を停止する権限が憲法上与えられており、尹氏は当然、国会を封鎖しようと軍や警察を派遣しました。しかし、国会には戒厳宣布の報に接した国会議員や多数の市民がいち早く集結し、尹氏の思惑を阻止しました。結局尹氏は弾劾裁判にかけられて大統領を罷免され、現在は内乱を首謀した罪で死刑を求刑されている状態です。
韓国の大統領は退任後に裁判にかけられたりするケースが多いと感じている人も多いと思いますが、実際、過去に4人の元大統領(全斗煥、盧泰愚、李明博、朴槿恵)が実刑判決を受けています(朴槿恵は在任中の弾劾訴追)。また、金泳三、金大中元大統領は、退任後に身内が逮捕されました。盧武鉉元大統領にいたっては、周囲の不正を苦に自ら命を絶っています。こうした現象は、一つには「皇帝型」とも呼ばれる、大統領に極端に権限が集中する韓国型の大統領制に起因する部分があり、本人もですが、在任中に大統領に接近してその権限を利用し、甘い汁を吸おうとする輩が後を絶ちません。大統領在任中は誰も手出しできないのですが、誰も許してはいないので、退任後に一気にその反動が来るというパターンが続いています。
ただ、今回の尹氏のケースは、不正云々ではなく(夫人の周囲を中心に色々と不正はあったようですが)、戒厳令の発令という手段に対して市民の怒りが爆発しました。現在の韓国で戒厳令といえば、すぐに想起されるのは1980年の光州事件です。前年に軍事独裁をしいていた朴正煕大統領(上記の朴槿恵の父)が暗殺され、その後に民主化の大きなうねり(いわゆる「ソウルの春」)が起きましたが、上記の全斗煥、その部下だった盧泰愚らが戒厳令を発布して軍事的に弾圧し、多くの犠牲者を出したのです。この事件は決して消えない強烈な記憶となって、87年の民主化につながりました。韓国で「戒厳」と聞けば、すぐにこの軍が国民に銃を向けた事件が思い出されるのです。今回、いち早く人々が立ち上がった背景にはその記憶があったことは間違いありません。
韓国の近現代史を振り返ると、光州事件のみならず、甲午農民戦争、三・一運動、四・一九学生革命など(紙幅が足りないので、詳しくは検索してください^^;)自らの正義を、文字通り命を賭けて戦い取ってきた歴史があるのです。これは日本の近現代史には見られないものです。命を賭けなくて済んだのだから良かったとも言えますが、政治に向き合う市民の姿勢の真剣度・熱量の日韓での歴然とした差異は、このあたりに起因しているようにも思います。