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立山頂上で巫女バイトをした話(鋳物美佳)

  • 2025年02月01日

 つなぐブログも2巡目。今回は学生時代のアルバイトの話をしようと思う。

 北アルプスの立山山頂には、雄山神社という神社がある。標高3003メートルの山頂にある神社で、信仰対象は山そのものである。駿河の富士、加賀の白山と竝んで、越中立山は日本三霊山に数えられ、昔から信仰を集めてきた。
 その雄山神社で、私は学生時代、夏に巫女をしていた。別に家が神道関係だったとかではなく、たまたま手にした『山と渓谷』という雑誌に載っていた求人広告を見て、応募の電話をかけたのがきっかけである。「もしもし、巫女バイトに応募したいんですけど。」「うちは山のうえなんで、雨水をためて生活してます。お風呂とかは3、4日に1回ですけどいいですか。」「はい、わかりました。」「じゃあ7月○日に来てください。」大体こんな感じでことがすすんで、電話一本の即採用だった。かくして山頂付近にある社務所に1ヶ月間、住み込みで働くことになった(実はとても気に入ったので翌年も働かせてもらった。2年目は40日ぐらいいた)。
 仕事内容は、主に参拝客(登山客)の相手。みなさんご存知のあの巫女服(白衣と緋袴)を着て、お守りなどの授与(お守りは「売る」とは言わない。「授与する」と言う。)、祈祷案内、軽食堂の運営、社務所内の掃除などをした。北アルプスのアクセスの容易な山だけあって、お盆のピーク時は人でごった返した。高山とはいえアルペンルートを使えば室堂平から2時間ぐらいで登れるのである。

 仕事は楽しかった。そもそも人間が住むような環境ではないのだけれど、限られた物資をもとに、みんなで協力して、なんとか毎日を過ごせるように工夫していくのが楽しかった(たぶん巫女は「やってもらう」ことが圧倒的に多かったと思うけど)。神社関係者、ご近所の山小屋の人たちも含めて、山で出会う「山の人」たちはみんな素敵だった。
 なにより自然が、圧倒的に美しかった。ここに来て初めて、雲にも層があって、眼下の雲、自分と同じ高さの雲、もっとずっと上の雲があることをはっきりと体で知った。社務所の目の前には後立山連峰がつらなっていて、刻一刻と表情を変えていく山肌は毎日見ても飽きることがなかった。朝日を受けてごくわずかな時間、薔薇色になったあと、薄青くなって、だんだんその青が濃くなって、ムクムクとした緑色になった。通り雨が降れば急に灰色になって見えなくなり、晴れれば夕方には橙色に包まれた。私はとくに朝の早い時間の山の色が好きだ。「清い」という字に「青」が入っている理由が直感的にわかる気がする。天気の悪い日には誰も登ってこず、ひとっこひとりいない稜線のガスった空気は、吸ったら肺の中まで浄化されるようで気持ちよかった。台風の日は雨戸を閉め切って電気も消して、揺れる社務所の中で、ものすごい自然の力の中でひっそりと生きている感覚を不思議だと思った。目の前を落ちていく雷も見た。降るほどの星の中で寝転んだりもした(夏でもむちゃくちゃ寒い)。標高2450メートルの室堂平を「下界」と呼んでいた。

 今も私は山登りをするけれども、山を通過するのと山に住むのとでは、流れる時間が異質だと思うし、そこから見える景色も全く違うと思う。それを知れて良かったと思う。頂上で過ごした時間は、20年ほど経った今でも新鮮で、とても愛おしい。

社務所から見える後立山連峰
ご来迎と峰本社
朝日をうける剱岳