明星大学

全学共通教育委員会

つなぐ学び

つなぐブログ

「生まれること(生きること)」と「死ぬこと」(中野隆基)

  • 2025年10月01日

前回の私の記事では、「つなぐブログ、つながるかな?シリーズ」と題して、全学共通教育委員会の先生がたのブログのテーマ・内容に触れつつ記事を書くと目標を立てました。しかし、最近(2025年8月時点)、タイトルの通り、「生まれること(生きること)」と「死ぬこと」について考えることがあり、このブログを通して身近な例で考えてみることにしました(シリーズは次回)。

このブログを書く私も、読むみなさんも、誰もが経験してきた/するであろう「生まれること(生きること)」と「死ぬこと」。私は自分が生まれた時を覚えていませんが、母や父を含む家族・親族などに尋ねたり、母にもらった『母子健康手帳』の記録を参照したりして、断片的に当時の様子を知ることはできます。私の手元にある『母子健康手帳』には、母の初診日から妊娠中の経過、出産時の母子の状態、新生児と関わり合うための注意事項が書かれ、一定の月齢・年齢ごとの定期的な保護者の記録と健康審査と続きます。これらをみると、まず妊娠を疑い病院を母が受診すること、その後病院から妊娠中・出産時・出産後の母子のケアを継続的に受けることに加え、新たに生まれた「子」の私に関わり合う「母」を含む周りの人が注意すべき事項を理解し試行錯誤することなど、「子」が生まれ生きることが当たり前ではない、場合によってはふとしたことで「子」や「母」を取り巻く一連のケアのつながりが途切れかねない、繊細なバランスで成り立っていたことが伺えます。

このことを踏まえると、「生まれること」は、ケアの連鎖が途切れ、時に「子」(そして「子」を妊娠・出産する「母」)の「死」につながりかねない重大なリスクと隣り合わせの一連の出来事だったのではないか、と思えてきます。今私の手元にある母子健康手帳に刻まれた、母や医療従事者の手書き文字の記録や印字は、そのような「生まれること」と「死ぬこと」を表裏一体とする一連の出来事が確かに実在した痕跡である。そのように考えると、「生まれること」と「死ぬこと」、さらには「生きること」と「死ぬこと」の距離はぐっと縮まります。「生まれること」(生きること)と「死ぬこと」、この両者の繊細なバランスをつなぐ蝶番が、「子」そして「私」あるいは「母」を取り巻く一連の継続的なケアのネットワークだったのかもしれません。そしてこのようなケアのネットワークはきっと、個々人の心身の状態や様々な出来事の要素(の組み合わせ)・文脈によって大きく形を変えながら、生涯続くものとして、私たちを巻き込み、動き続けていくのだと思います。

「死ぬこと」についてはどうでしょう。今学期の教育学部共通科目(総合探求A)では、「老い」と「死」を人生における通過儀礼の局面として捉え、沖縄を例に「祖先になる」過程を検討する論考を教員-学生間で読み、議論を行う機会がありました(兼城糸絵 2021)。このような観点から考えると、「老い」も「死」も単なる生物学的現象であるだけでなく、民族誌的に多様な現象として浮かびあがります。

私は広島県出身ですが、子どものころ、お盆の時期は、墓・家の玄関・仏壇の掃除を行い、盆提灯が灯され、親戚やいとこが家に集まり、遊んでいました。普段とは違う墓と仏壇、家の様子に、直近で亡くなった曽祖父母だけでなく、(やがて自分もそう「なる」とされる)「ご先祖さま」の存在を感じる機会でもありました。「私」が「生きること(生きていること)」と「死ぬこと(先祖になること)」の距離をぐっと縮め、両者を時間軸上で連続したものとしてつなぐのが、お盆という生者-死者間のケアの儀礼だったのかもしれません。

以上述べてきたことはしかし、現時点における「私」の心身の状態や観点に状況づけられた捉え方や描写にすぎません。「生まれること(生きること)」と「死ぬこと」をどう捉え、描くかは、このブログを読むみなさんの状況によって、その姿形を変えていくものだと思います。これを機に一度、「生まれること(生きること)」と「死ぬこと」について同時に考えてみませんか。

最後に

私の専門の文化人類学では「死」についての議論が多くあるのですが、あえてここではそれらを紹介することはしませんでした。気になる方はEngelke(2019)のレビュー論文などを参考に、どのような議論が展開されてきたか、文献を調べて読み、考えてみてください。

筆者の母子健康手帳背面記載「児童憲章」(筆者撮影)

参考文献

兼城糸絵(2021)「第4章 生を終える:老いと死のこれまでとこれから」宮岡真央子・渋谷努・中村八重・兼城糸絵(編)『日本で学ぶ文化人類学』昭和堂、p. 59-75。

Engelke, Matthew (2019) The Anthropology of Death Revisited. Annual Review of Anthropology 48: 29-44.

https://doi.org/10.1146/annurev-anthro-102218-011420(2025年8月1日10:50アクセス)