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博多ラーメンちゃ、なんね?(秀村研二)

  • 2022年04月01日

私の郷里は九州福岡市である。福岡というとすぐに博多ですかと訊かれるが、私は博多ではなく福岡の生まれであることにこだわっている。福岡は、朝鮮半島や大陸との交流の拠点として古代からつづく港町である博多(古くは那の津などとも言った)と近世になって城を中心として新しくできた城下町である福岡が那珂川をはさんで隣り合うツインシティである。なので地元では福博と表現される。しかし歴史の古い博多の方が全国的には通りが良いから、福岡市周辺出身の人間まで博多出身だと称してしまう。私は生まれつきの天の邪鬼なので、断固として福岡だと言い張る。

ところで福岡で有名なものの一つに博多ラーメンがある。いつの間にか有名になった、いわゆるご当地ラーメンの一つなのだが、豚骨ラーメンとして全国的にも名を馳せている。しかしこの地名を冠したご当地ラーメンなるものが昔からあった訳ではない。ラーメンがなかった訳ではなく、私が若かったころ少なくとも1980年代初にはラーメンは単に「ラーメン」でしかなかった。当時、地名を冠したラーメンは札幌ラーメン位しかなかったような気がする(札幌ラーメンはインスタント麺の商品名にもなった)。

私の実家の近くには商店街で一番古いラーメン店があるのだが、その店は元々屋台から始まった店だった。そしてその屋台は当時福岡の街の中(長浜)にあった魚市場で商売をしていて、この魚市場周辺で働く人々に提供されたのが福岡のラーメンの発祥だとされている。そして先代の大将(店の主人)が屋台から商店街に店を構えたのだった。それが丁度私が小学校に入る頃のことだからもう60年前の話しになる。

当時もラーメンは人気があったと思うのだが、店も多くはなく、女性などが気軽に食べるようなものではなかったから、現在とは随分と違う位置づけである。どちらかというと若者や労働者の食であった。なので替え玉(かえだま)も当時からあったように思う。替え玉はいつの間にか全国に広まったので説明の必要は無いと思うが、一種のお替わりでラーメンの麺だけを追加するので、だから値段も安い。

高校もその商店街の近くだったので、学校帰りに友達たちと寄っては何玉替え玉が出来るかを競争したりもした。スープの追加はないので、如何に汁を残したまま食べるかが難しかった。なかには十玉以上も替え玉をする猛者がいて、店の中には名前と替え玉数を書いた札が貼られていた。それには高校名も書かれていたので、そんなことで競争するのは高校生くらいしかいなかったのであろう。

福岡に帰省する度にラーメンを食べるのだが、1980年代後半から90年代になると福岡のラーメンの味が濃くなってきたと感じられるようになった。友人たちに聞いてもだいたいそう言う。丁度福岡のラーメンが博多ラーメンという名前で呼ばれるようになった頃である。福岡のラーメンが始まった魚市場があった長浜は福岡なので、ラーメンに博多という地名を付けるのは不正確なのだが、これも全国的に通りが良いのは博多なのでそのように呼ばれるようになったのだろう。

このことは観光とも密接に関係していると考えられる。1980年代後半からのいわゆるバブル期はグルメの時代でもあった。その中でラーメンも新しい価値を与えられ、地名を冠されて差別化されていった。単なる「ラーメン」ではなくなるのだ。観光客は博多ラーメン=豚骨ラーメンというイメージを持っているのでそこそこの味では満足してくれない。より豚骨らしさを強調することで観光客に人気が出ることになるし、様々なガイドブックなどでもとり上げられるようになる。インターネットの普及とともにその情報量はより大きなものとなっただろう。

このような変化は時々帰省する私には味が濃くなったと感じられた。友人たちも昔の味を懐かしみたい時には福岡から離れた周辺の都市(ラーメンが観光化されてない)に食べに行くと言っていたほどである。博多ラーメンにより豚骨らしさを求めていく過程は文化の内旋化(インボリューション)として考えられるかも知れない。観光客はより豚骨らしい味を期待するので、それに応える店が評判になったのだろう。より「らしさ」を求める現象は、私たちの日常生活の周囲にも数多くある。日常生活には新しい発見の要素に満ち満ちているので、注意して見て欲しい。

私の実家の近くの商店街にあったラーメン屋に話しを戻そう。この店は先代は頑固者で豚骨をより強調するような味付けにはしなかった。代替わりをして二代目もそれを守ったのだが微妙に味が変わり、以前からの客も離れてしまい廃業してしまった。淋しく思っていたのだが、数年してから元の場所に店を再建し、ほぼ先代の味を継承して営業している。大人気の店にはならないけれども昔の味を求める客もいてそこそこ繁盛しているようである。

食べ慣れたラーメン