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偶然との出会い(中野隆基)

  • 2021年08月01日

今回ブログを書くにあたって、大阪での学部時代を思い返してみました。

広島県で高校までを過ごした私は、旧大阪外国語大学でスペイン語を偶然専攻することになりました。私の合格した当時の旧国際文化学科では、入学前に新入生が専攻語の希望順を20以上の言語から選んで大学に提出し、その中から専攻語が決定されることになっていました。しかし、郵送で届いた結果を確認すると、なんと第一希望の「英語」ではない「スペイン語」だったのです。

頭の中が真っ白になりました。なにせ、専攻語ともなれば、初年次には専門の言語として週に5コマ必修科目を履修する必要がありますし、何より「スペイン語」なんて、高校の担任の先生に「話者が多いし良いんじゃない」と助言を頂いたので第二希望として書いただけで、全くどんな言語かも想像がつかなかったのですから。

このように偶然専攻することになったスペイン語ですが、入学してからは更に大変でした。いま思うと、特段難しいことは要求されていなかったと分かるのですが、動詞の活用は多いように思えたり、活用された動詞から不定詞(いわゆる「動詞の原形」)を想定して辞書を引くことに慣れなかったり…なかなかモチベーションの維持が難しい日々が続きました。

そんな中でも何とかこらえられたのは、必ず何かの言語を専攻している同学年の知人・友人・先輩、そしてさまざまな分野を専門とされている先生方から頂いた刺激や、文化人類学という学問との出会いがあったからだと思います。

文化人類学は、調査対象社会に赴き、自己とは異なる他者の世界に身を委ねることを試みると同時に、今までの自己を振り返り、「当たり前」に揺さぶりをかけていく学問です。このようなものの考え方は、全く自分の想像の及ばないような他者や言語だけでなく、「当たり前」に思っているはずの自己や言語の新たな側面の発見にもつながります。このように考えると、スペイン語と格闘する大学生活も、当時の私にとって全くの他者の言語や、その言語の使用地域に住む人々、あるいはそれ以外の言語・話者・地域と出会える場、さらには自己の「当たり前」も振り返ることのできる豊かな場として、想像することができます。結果として、私は文化人類学者の先生のもとで卒業論文を書き、大学院で文化人類学を専攻してボリビアでフィールドワークを行い、明星大学でスペイン語を教員として教えています。

手っ取り早く分かりやすい目標をたて、無駄だと判断できるものは全て排除し、その目標への最短距離を確保する直線的な学びは、確かに一見効率的かもしれません。しかし、むしろ自己の意識の外にアンテナを張ることが実は大事なのではないか。上記のような偶然(人によっては「考えなし」や「実力不足」とうつるかもしれませんが)に左右される経歴を辿った私は最近、そんなことを考えています。

写真は、博士課程以降、現在まで続いているフィールドのチキタニア地方コンセプシオン市のカテドラル。

参考文献 松村圭一郎(2019)『これからの大学』春秋社。